著作権、というやつについてつらつら考えてみるが、自分はどうもこれが好きではない。例えばちょっと前に予備校の先生の文章を、杉村太蔵先生がブログにパクったとかで騒ぎになっていたが、「んなくだらねえことでアホかいな」というのが正直な感想であった。

愛読ブログの筆者が、中田ヒデの引退声明文の最後に、事務所サイドの記述として「引用するなら使用許諾をとってくれ」て書いてあるのに「しゃらくせえこといってんじゃねえやい!」と言っていたが、まったくもって同感であります。

なんつうか、最近、文体ということをよく考えるのだけれど、中田の文章は、中田にしか書けないのだ。それは中田のキラーパスと同じく、中田だから書ける文章、言い換えれば中田が書いたから価値がある文章なのであって、それを誰かが引用したからって、彼の価値が下がるわけではない。

ところが広告屋さんの文化というのは違っていて、何でも商売感覚なもんだから、誰か他人が作ったものを再利用するときには、いちいち使用許諾をとらないといけない。まあ、俺だって自分が書いた文章が勝手に誰かの商売のネタにされてたら腹が立つだろうから、それはわからんでもないけど、なんつうか、「細かいこと言ってんじゃねえ」と言いたくなることが多々ありますな。

ものすごく厳格に著作権を適用しようとしたら、誰もなにも言えなくなるし書けなくなってしまう。だからまあ、お互いの良識と常識と、あと「リスペクト」を大事にして、お互い気分良くやってきましょうや、というくらいがよろしいのでしょうね、たぶん。まとまらないなあ。まあでもそういうことです。

コメント

nophoto
sawa
2006年7月9日12:19

あったね・・・・
タイゾウ議員。。。

あの人
妙に成熟でききれてない子供に見えてしょうがない。。。。

sawaが言うなって?????(>▽

ちき
ちき
2006年7月10日0:24

こんばんは、初めまして!日記に先に足跡をつけたのはおそらく私だと思います。それが、リンクしてくださったなんて驚きです。拙い駄文ばかりですが、こちらこそよろしくお願いいたします。

タイゾウさんは、人をひきつけるようなストーリーが自分の中から出てこなくて、人のストーリーを拝借してしまったのでしょうね。

著作権って本当にうるさく言われすぎると嫌になってしまうことがありますよね。文章のパトロンとしては…。

例えば、昔話や伝承は、それこそ色んな人がある一つのお話を語ることによって色々に発展させていきました。同じような話だけれど、さまざまなバラエティがあるのはそのおかげだと思います。物語文学の発展の背景には真似っこの歴史もあるのだと思います。

丸ごとパクるというのは今の時代にはフィットしないと思いますが、だからといって過剰になると自由な表現って難しくなってしまいますよね。

あ、何だかでしゃばって長く書いてしまいました。ごめんなさい。

オッサン
グレムリン斉藤
2006年7月10日9:29

sawaさん

おはようございます。太蔵さんは、なかなかおもしろい文章を書くこともあるんですけどね。

ちきさん

こちらこそありがとうございます。感銘を受けつつ読ませていただきました。
著作権については、仰るとおりと僕も思います。物語はギリシャ悲劇の頃からパターンが出尽くしてるのですからね。これからよろしくお願いします。

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